ライフサイクルCO₂(LCCO₂)における社会的課題

信州大学
学術研究院(工学系)
工学部 建築学科 教授
特別講演
1996年に信州大学工学部社会開発工学科を卒業し、2001年に同大学大学院工学系研究科博士後期課程を修了。民間企業勤務を経て、信州大学工学部助手・准教授を歴任し、2018年より教授。専門は建築環境・設備。省エネルギー、再生可能エネルギー、資源循環に配慮した建築物について、理論解析とフィールド調査の両面から研究を行う。
<著書>
- 熱エネルギーの有効活用に向けた蓄熱技術開発, シーエムシー出版, 2022(Apr.)
- 建築設備技術者のための知っておきたい住宅設備設計の基本, オーム社, 2012(Sep.)
2026年7月24日、信州大学工学部建築学科の高村秀紀教授と、高村研究室の学生の皆さまをお招きし、建築物のライフサイクルCO₂をテーマとした社内セミナーを開催しました。
セミナーは2部構成で行われ、第1部では、高村教授より「ライフサイクルCO₂(LCCO₂)における社会的課題」についてご講演いただきました。第2部では、高村研究室の学生の皆さまより、戸建て住宅のホールライフカーボンを算出するツール「J-CAT」の操作方法について解説いただきました。
セミナーレポート
住宅の一生涯からCO₂排出量を考える
今回の講演では、製品の原材料の採取から製造、使用、解体・処分に至るまで、その一生涯を通して環境負荷を評価する「ライフサイクルアセスメント(LCA)」について、建築物の具体例を交えながらお話しいただきました。
LCAのうち、CO₂排出量に対象を絞って評価する考え方が「ライフサイクルCO₂(LCCO₂)」です。
これまで住宅のCO₂削減では、冷暖房や給湯など、住んでいる間に使用するエネルギーを減らす「省エネ」が重視されてきました。しかし、建物の一生涯で排出されるCO₂には、建材の製造、運搬、施工、修繕、解体・廃棄なども含まれます。
講演では、建物のライフサイクルカーボンのうち、運用時のエネルギー消費による「オペレーショナルカーボン」が約52%、建材の製造や施工、修繕、解体などによる「エンボディドカーボン」が約48%を占めることが紹介されました。
つまり、住んでいる間の省エネだけでは、建物のCO₂排出量全体の約半分しか対象にできません。今後は、建てる前から解体・廃棄するまでを含めて、CO₂排出量を把握し、削減することが重要になります。
また、国のロードマップでは、2028年を一つの節目として、一定規模以上の建築物を対象とするライフサイクルCO₂の届出・説明制度が示されています。企業が原材料の調達、輸送、製品の使用、廃棄など、事業活動の前後で発生するCO₂まで把握する「Scope 3」の排出量開示に向けた動きも進んでおり、ライフサイクルCO₂の把握と削減は、今後の建築業界における重要な課題になっていくと考えられます。
J-CATで住宅のCO₂削減方法を考える
講演では、戸建て住宅のホールライフカーボンを算出するツール「J-CAT」についても解説いただきました。
J-CATは、単に住宅1棟あたりのCO₂排出量を計算するためのツールではありません。
資材数量の削減、低炭素資材の採用、EPD(環境製品宣言)の活用、木材利用、建物の長寿命化など、どのような工夫によってCO₂を削減できるかを検討・評価するために活用します。
CO₂排出量は、住宅に使用する資材の重量や材積に、それぞれの資材を製造する際の「CO₂排出原単位」を掛け合わせて算出します。
算出した数字を見るだけで終わるのではなく、住宅のどの部分を、どのように変えればCO₂を減らせるのかを考えることに、J-CATを活用する意義があります。
材料や設計の見直しで建築時のCO₂を削減
講演では、J-CATを活用した具体的なCO₂削減事例も紹介されました。
低炭素型コンクリートへの変更
基礎に使用する普通ポルトランドセメントコンクリートを低炭素型コンクリートへ変更した場合、住宅全体のアップフロントカーボンが、次のように低減する試算が示されました。
304.0kg-CO₂e/㎡ → 267.7kg-CO₂e/㎡
使用するコンクリートの種類を変更することで、基礎部分だけでなく、住宅全体の建築時CO₂を削減できることが分かります。
間取りと使用資材の見直し
不要な部屋を減らし、複合フローリングを無垢材へ変更するなど、間取りと使用資材を見直した事例では、CO₂排出量が次のように削減されました。
51.7×10³kg-CO₂ → 30.9×10³kg-CO₂
削減率は40.3%です。
住宅の大きさや形状、部屋数、使用する材料の選択も、建築時のCO₂排出量に大きく関係することを学びました。
正確な評価を、今後の住まいづくりにつなげる
J-CATのデフォルト値には、主に産業連関表に基づく統計データが使用されています。幅広い建材を網羅できる一方で、個々の製品の違いを正確に反映しにくいという課題があります。これに対して、製品ごとの環境負荷を示すEPD(環境製品宣言)は、網羅性には課題があるものの、より正確で比較可能性の高いデータです。
今後は、J-CATのデフォルト値だけに頼るのではなく、建材メーカーが公開するEPDなどを活用し、評価の精度を高めていくことが重要になります。
高村研究室では、建築現場に計測者が常駐し、搬入されるすべての資材や副産物の重量を実際に測定する調査も行っています。
その結果、特に外壁では、設計図書から算出した値と実測値との間に大きな差が生じることが分かりました。外壁のCO₂排出量は、実測値が積算値を平均約30%上回っており、設計図書だけで算出すると過小評価になる可能性があります。正確な評価を行うためには、住宅に何を、どれだけ使用しているのかを把握し、可能な限り実態に即した資材重量とCO₂排出原単位を使用する必要があります。
今回のセミナーを通じて、住宅の環境性能を考えるうえでは、住んでいる間の省エネルギーだけでなく、資材の製造、建設、維持管理、解体・廃棄までを含めた視点が必要であることを改めて認識しました。
ライフサイクルCO₂を算出することは、ゴールではありません。算出した結果をもとに、使用する資材や住宅の設計、施工方法を見直し、実際のCO₂削減につなげていくことが重要です。
今回得た知識を、今後の住宅設計や資材選定、環境負荷削減の取り組みに生かし、より持続可能な住まいづくりにつなげてまいります。

